【令和二年度ハレの日インタビュー】三谷祭(愛知県蒲郡市)

約300年前の故事に基づくもので、「八剱神社」「若宮八幡神社」という二つのお社を、豪華絢爛な山車(やま)が行き来します。
特にお祭り2日目には、その4基の山車と男衆が海へ入る「海中渡御(かいちゅうとぎょ)」が披露され、多くの観光客が見物に訪れます。
2020年(令和2年)の祭礼は、10月17日(土)と18日(日)の開催が予定されていましたが、やはりコロナの影響により中止が決定され、神事のみが執り行われる形となりました。
マツリズムでは、2019年(令和元年)、日本財団のプログラム「海と日本」の中で体験取材をさせていただいたことをきっかけに、三谷祭を構成する氏子単位の一つ「中区」との交流がありました。
その様子は、「海の祭りレポート」としてWEB上に掲載しています。
※これまでのハレの日インタビューは、主にお祭り予定日当日に実施していましたが、今回は変則的に4ヶ月後の2021年2月に実施しました。
日時 :令和3年 2月14日 21:30〜23:00
話し手 :三谷祭 中区若獅子会1(山田会長)
聞き手 :一般社団法人マツリズム(大原、今場、伊藤、藤井)

目次 【 記事の内容 】
目の前で決定された祭の「全面中止」。その時の思いは。
マツリズム:
山田会長からマツリズムには、2020年(令和2年)6月に、今年の三谷祭が「全面中止」であることをご連絡いただきましたね。
その経緯についてもう少し伺いたいのですが、どのようなものだったのでしょうか。

山田:
さかのぼれば、昨年(2020年)の2月頃から、世界では新型コロナウィルスの問題が浮上していましたが、日本ではその時点ではまだピンときてなかったですよね。
それが3月にかけて一気に拡大して、国内での休校措置なども開始されました。
6区2のうちの2区、上区と西区は、区個別のお祭りを毎年4月に開催していますが、当時の社会状況を受けて、当然ながら中止(神事のみ)となりました。
残りの4区は毎年7月に、手筒花火3を中心とした夏祭りを個別に開催していますが、4区で集まって協議した結果、中止することとしました。
ちなみに、7月のお祭りが中止になった背景には、オリンピックの延期も大きな要因です。
そして10月が三谷祭となりますが、その開催是非を判断する時点では、全国各地のお祭りの中止・縮小判断に関する情報も入ってきていました。
「この時期にやるものではない」「特段の対策もとれない」ということで、三谷祭保存委員会という組織によって中止が決定されました。
一応、神事は実施されていますが、保存委員会としては神事にはほとんど関わっていません。
マツリズム:
山田さんは、昨年(2020年)の三谷祭の「全面中止」が決定された場に直接居合わせたことになりますが、その時の率直な思いはどのようなものでしたか。
山田:
私個人としては、その時点の社会状況から、さすがに三谷祭の開催は無理だろうと感じていたので、中止の決定はやむなしだったという印象です。
若い衆がどんな反応をするかはわかりませんでしたが、中区若獅子会はあくまでお祭り進行を受託する立場に過ぎないので、上が三谷祭をやらないと決定した以上はやりません。
若い衆は伝統的に、「何かをやりたい」という思いが強く、自分達で集まって騒ぎ出してしまう恐れがありました。以前、昭和天皇の崩御の際、三谷祭が神事も含めて中止になってしまったのですが、結局みんなが集まってしまい、騒いでしまったということもあったとか。
したがって、今回も勝手な動きが起きないよう、「そういうことは一切やるな」という指示を出し、釘を刺しました。
マツリズム:
三谷祭の中止を伝えた時に、周囲の反応はどのようなものでしたか。
山田:
若獅子会の連絡用にグループLINEを使っていますが、中止の件はそこで報告しました。
「なぜ?」という反応は、特段なかったように記憶しています。
このコロナ禍で、とても三谷祭ができる状態ではないことは、みんなが察していたのだろうと思います。
マツリズム:
三谷祭が開催される例年であれば、お祭り前の踊りや笛の稽古など、定期的に集まる機会があったと思いますが、今年はみなさんで集まることもなかったですか。
山田:
若獅子会のみんなと会うということは、ほとんどありませんでした。
本来なら役員会や総会などを開催し、昨年の会計報告などをしなくてはならないのですが、コロナの様子を見ながら開催タイミングについて検討していたものの、現在まで開催できずズルズルと来てしまっています。
今年はコロナのために三谷祭をやらないことになり、決めるべき事項がそれほどあるわけでもなかったので、極力集まりませんでした。
マツリズム:
ちなみに、最後に若獅子会のみなさんが集まったのはいつ頃でしたか。
山田:
新しい山車蔵(やまぐら)に関する行事が7月の第4日曜日にありました。
山車蔵の中区区民のかたへの一般お披露目という目的があったので、「来れる人は来てください」と声かけをしていました。その他、たまたま中区会館の掃除が必要となったので、約百個の土嚢を片付けなければいけないこととなりました。
手伝ってもらおうと若い衆を呼んだら、青年団である25,6歳前後の人たちが集まってくれました。
土嚢を片付けるだけでしたが、「こうやってお祭りの仲間と集まるのって楽しいっすね」と言ってくれたのが印象的でした。
夏祭りも三谷祭もないので、集まる機会がほとんどなくなっていたからでしょう。

※上記は、旧山車蔵から新山車蔵へ山車を移動し、完成式典を開催(関係者のみ)
中区区民への一般お披露目は2020年7月
三谷祭「中止」が生んだ、まちの動きは。
マツリズム:
昨年(2020年)はお祭りのない一年となりましたが、山田会長はどんな感覚で当日を迎えましたか?
山田:
三谷祭が中止でも、神事は執り行われていたので、見に来れる人は来いと言われていましたが、私は悩んだ結果、次男の野球の試合を見に行くことにしました。
神事とはいえ、9時から11時で終わってしまう上に、拝殿の中に入れるわけでもないので、普通の土日を過ごしたという感覚でした。
ちなみに、神事をやっていない時間に、八剱神社でお参りはさせて頂きました。また、「タイムスリップ三谷祭」(後述)を観ていました。
マツリズム:
令和元年(2019年)にマツリズムが三谷祭にお邪魔した際、三谷の出身者で、お祭りの時には必ず帰省するという人に何人か出会いました。
さすがに令和2年はそんな動きはなかったでしょうか。
山田:
なかったと思います。
コロナ禍で、家族からも蒲郡に戻ってくるなと言われているのでしょう。
マツリズム:
三谷祭が中止になったことを受けて、三谷の方々はどのような動きをされたのでしょうか。
集まって騒ぐことのないよう釘を刺したということですが、それ以外のことは何かありましたか。
山田:
夏祭りが中止になったことに対して、36歳前後の人達が、「お盆に花火を三谷で揚げたい」と、有志や協賛を募ろうとした動きがありました。
もちろん、密になってしまうことの危惧もあり、下手をすると、何のために夏祭りを中止したのかということになってしまいます。
有志のかたによる努力の結果、夏にこそ実現できなかったものの、大晦日に15〜20分間程度の花火を揚げることができたようです。
Youtube配信もされていました。
この取組は三谷祭とは直接の関係はないという趣旨となったので、若獅子会の会長として動くことはなく、また公式にはお金を出せませんでしたが、個人としては寄附をしています。5000円だけですけど(笑)
ある時、有志リーダーのかたが私のもとへ来てくれたことがありました。
「自分の一回り下や二回り下の年代に、お祭りができなくなっても自分たちの力で頑張れば、お祭りの代わりになるようなものができることを示したい」という思いを語ってくれたのが印象的でした。

マツリズム:
三谷祭が公式に支援した取組として、「タイムスリップ三谷祭」がありましたね。
これはどのように話が持ち上がったんですか?

山田:
三谷祭の公式サイトを作ったり、社会福祉法人の理事長も務めている人間で、若獅子会の会員でもある小田泰久さんの提案でした。
三谷祭当日にホームページ上でこんな事をやりたいのだと、三谷祭保存委員会に説明したところ、公式に承認されたという経緯です。
実際にはクラウドファンディングなど、かなり大変だったと聞いています。
マツリズム:
苦労された甲斐あって、支援者もかなりの数でしたね。

山田:
私はクラウドファンディングのやり方がよくわからなかったので、現金を手渡しに行ってしまいました(笑)
周囲でもそんな人が多かったらしいです。
これは三谷祭として公式に認められた取組ということで、中区若獅子会としてもお金を出すことができました。
また、私個人としてもお金を出しました。
担い手の一人として感じる、コロナ時代の祭りのあり方。
山田:
今は2月(取材時点)なので、そろそろ今年の夏祭りや秋祭り(=三谷祭)をどうするかという話が出てくるはずです。
どのような対応であれば可能か、個人的にもいろいろと考えています。夏祭りは、7月第1週の東区、それに続く松区や北区、そして最後の第4週頃に、我々が属する中区という順番です。
この4区では特に足並みを揃える必要があるので、例えば東区が夏祭りをやらないという判断をした場合、中区もその影響を受けざるを得ません。開催の方法として、無観客も考えられるでしょう。
しかし、手筒花火を揚げたい人は、「人に見られたい」という願望が強いので、無観客が受け入れられるでしょうか。
さらに、最近の青年は、手筒花火に対して「怖い」「大変だ」という意識を抱いている傾向もあるので、それを考慮すると、無観客でもやりたいという人間は、非常に少なくなってしまうように思います。

マツリズム:
全国を見ると、今年(令和3年)は博多祇園山笠 (福岡県福岡市)青森ねぶた祭(青森県青森市)の開催宣言4が話題となりましたね。
山田:
県内でも、「鬼祭(おにまつり)」(愛知県豊橋市)を規模縮小無観客で開催したという記事を見ました。
マツリズム:
そんなふうに、時代にあわせて形を変えながら開催されるお祭りに対して、どう思われるのでしょうか。
山田:
ちなみに、マツリズムさんはどのように思われますか(笑)
マツリズム:
前提として、自分の地域の祭りではないので、どうこう言える立場ではないことを認識した上で。
個人的には、密になって大声を出すということがお祭りだと思っています。
その一方で、そうではないお祭りの形を求めていくことは、時代の要請としてやらざるを得ない部分があると感じます。コロナ禍はずっと続くわけではないはずなので、コロナが明けた時にお祭りがきちんとお祭りを開催できる準備をしておくことが大事なのではないでしょうか。
山田:
今の三谷祭は、肩を組んで大声で地唄を唄う練り込み、一升瓶による酒の回し飲み、篠笛による飛沫、子供が乗る、密そのものの山車の上、踊りに使うお面などで構成されるので、コロナとの相性が非常に悪いでしょう。
とは言っても、そこにマスクやフェイスガード、ソーシャルディンスタンスなどを取り入れると、もうこれまでの三谷祭のやり方とは全く違うものとなってしまいます。
もしかしたら、そこまでするのならばお祭りをやらない、という人も出てくるかもしれません。
例えば今年(2021年)、コロナに配慮した形で、ある程度カスタマイズしたお祭りをやってみることはできるのかもしれませんが、「やっぱり何か違う」という反応が予想されます。
これまでとは全く違う形になってしまい、みんなのやる気がどこまで継続できるか、もしかしたらお祭りを離れてしまう人が出てくるのではないかと、考えるほど怖くなります。
そういう意味で、今は厳しい状況だと感じています。


マツリズム:
コロナ禍のお祭りは、考えなければならないことが本当に多く、大変ですね。
山田:
ただ、私一人ではなく、みんなで考えています。
私達くらいの世代だと、三谷祭は絶対に途絶えさせるわけにはいかず、継承しなければならないと思っているはず。
ですが、それは若い人の感覚とは違うかもしれません。
今は、「今年はこういうふうにやってみよう」などと、試しながら、来年は元に戻るかもしれないと信じて、みんなを留めようとするしかないのかもしれません。
たとえ有効な薬ができても、今のようなマスク着用が当たり前になってしまい、お祭りでも同様にマスク着用が要請されることは恐怖です。
お祭りはコロナ対策とは真逆の存在なので、世間的にどこまで許されるようになるのでしょうか。
したがって、今年(2021年)の三谷祭に対して、現時点ではノープランと言わざるを得ません。
マツリズム:
コロナ自体も刻一刻と状況が変わっているので、すごく難しいですよね。
異例の会長続投。その舞台裏では。
マツリズム:
確か山田会長は、若獅子会の会長としての任期が昨年(令和2年)で最後でしたね。
以前、会長としての置き土産として、担い手・担ぎ手の減少に対応するための何かしらの仕組を、後輩に残してあげたいという思いを話してくれたことが印象的でした。その後、コロナもあって会長任期を一年延伸するなど、状況もいろいろと変化したことと思いますが、改めて、これだけは後輩に残したいというものはありますか。
山田:
コロナとは関係なく以前からの取組ですが、若獅子会の「女子部」として、高校生以上の女性がお祭りに参加できる枠組と体制を作っておきたいと考えています。
会長続投の目的としては、それが大きなところです。
マツリズム:
周囲からも会長の続投を打診されたと聞いていますが、打診されて「よしやるぞ」と思いだったのか、「また大変になるな」という気持ちだったのか、率直にいかがでしたか。
山田:
今年(2021年)は、若獅子会が発足して五十周年にあたる区切りの年となります。
また、中区の踊りである連獅子は百年となる、記念すべき年です。ただ、(会長を続投しない)本来であれば、私の一つ下の人間が会長になる予定だったはずで、彼にはこの五十周年、百年の節目に何をしたいかという考えもあったはずです。
周囲から頼まれて私が引き受けた会長続投ではあるものの、彼がどう思っているか心配でした。
たまたま彼は居酒屋を経営していて、そのお店で彼と話したところ、「別に来年もう一年会長をやってくれていいですよ」と言ってくれました。
女子部立ち上げの件がコロナのせいで頓挫してしまっていたことについても、「自分に託されても困る」という思いもあったようで、ある程度の道筋を作って欲しいと言われました。
家庭としても、今年は次男が小学校6年生になるので、会長をやめた場合は(時間が空くので)野球の送り迎えなどで協力すべきとも思っていました。
したがって、会長続投については嫁さんにも相談しました。
こんなふうに、いろいろな葛藤はありましたよ。
もともと会長をやるような人間でなかったのに、蓋を開けたら三年間会長を務めることになります。
すごいお祭り好きだと思われてしまう。
マツリズム:
あれ、山田会長はお祭り好きでいいんですよね(笑)
山田:
私は中区でお祭りをやっている人の中で、一番テンションが低いはずです(笑)
続投を決断するにあたっては、区の役員さん達ももう一年やるって言ってくれたのも大きかったですね。
私が「じゃあ役員全員が留年してくれたら、会長続投するよ」って言ったら、本当にみんな留年してしまいました。
ただ、今年(令和3年)も三谷祭が中止になってしまったとしても、会長はそこで退こうとは思っています。
マツリズム:
なんとか今年はお祭りが開催できると良いですね。
お祭りが中止でも、なんとなく過ぎてしまう日常への恐怖。
山田:
「今年一年間は何もなかったけど、何もないならないなりに、なんとなく過ごせちゃったなあ。別にお祭りがなくてもよいのかなと思ってしまった」という意見もありました。
何もできない状態がずっと続いてしまうのは良くないなと思います。
マツリズム:
マツリズムとして関わった様々な地域でも、お祭りを開催するにあたっては大変なことも多いことから、(お祭りのなかった)昨年(2020年)はほっとひと息つけた一年だったという声もありました。
また、全部がなくなってしまったことで、自分にとって必要な行事と不要な行事を見つめ直す機会になったという声もありました。
例年であればイベント目白押しで、そんなことを考える余裕もなかったと思うので、取捨選択が起きてくるのかもしれません。逆に、何もなかったからこそ、自分にとってはお祭りが大事だったんだなという心の変化があったかもしれません。
私個人は、大声を出す機会がないとストレスが溜まってしまうので、お祭りでもみくちゃになったりしないと、日常にも張りがなくなってしまいます。
山田:
小学校1年生の子供から、還暦やそれ以上の人など、全ての年代が携わっているのがお祭りであり組織だと思います。
つながりがなくなってしまうことは、人のつながりこそが醍醐味である三谷として、非常に寂しいです。
その反動か、少人数でも集まって飲む機会があると、お祭りの話で長引きすぎてしまい、全然帰らない人もいるくらいです(笑)
昼飯の王将から始まり、「次どこ行くだ?」「次どこ行くだ?」「知り合いの店開けさせろ」となり、夕方になっても帰りません。
人と、三谷祭の話に飢えているのだと思います。
マツリズム:
三谷祭の話題では、どんな内容で盛り上がるのでしょうか
山田:
何年前にこんなことがあっただの、俺らが若い頃はこうだっただのと、そんな昔話が多いですね。
これは、本来であれば、お祭りの練習期間中に、練習後のお酒の席などで話していたような内容です。
「たまにお祭りのメンバーで会うと楽しいね」と言う人は多いです。
だからこそ、お祭りが好きで楽しくてやってる人達が、離れてしまうのではないかということが心配です
令和2年と令和3年、中止がこの二年間でなんとか済んだとしても、その後どうなるのでしょう。
コロナがインフルエンザと同じくらいの扱いにならないと、お祭りが元通りに戻るのは厳しいのかとも思います。
マツリズム:
コロナに対して自分達ができることが、ただ待つだけというのがもどかしいところですね。
マツリズム:
三谷祭ほどの大きな祭りになると、個人の一存や、若獅子会だけの意思ではどうにもならないところで話が動いてしまい、そこに合わせなければいけない場面も多いことと思います。
お祭りが中止になっても、会長として考えなければならない事がたくさんあって忙しいのだろうと感じました。
女子部を作って、後輩に仕組として残したいという、三谷祭を未来へ繋げるために山田会長がやってきたことは、ちゃんと残していきたいし、マツリズムとしてそのサポートをしていけたらと思います。
コロナで人が離れていってしまう可能性もありますが、仕組を変えることで、これまで関わったことがなかった人が三谷祭に参加し、好きになってくれるという流れも考えられますね。
山田:
マツリズムは全国のお祭りをご存知だと思うので、ここの祭りではこんな取組があった、などの情報を教えてもらえるとありがたいです。
マツリズム:
三谷祭とは、引き続き深い関係ができればと思っています。 今は祈ることしかできない部分がありますが、情報提供など、色々とお役に立てれば幸いです。
1.中区若獅子会(保存会)
中区における三谷祭や、夏に開催される自区のお祭りについて、準備から実施、片付けまでの全工程を担うほか、お祭りにおける伝統(手筒花火や踊り、お囃子、山車進行をはじめとした各種所作)の保存・継承全般を担う組織。お祭りの主役である青年部(高校生〜28歳前後)と、それ以上の年代である中老部、大老部、宿老部で構成される。 昭和34年の伊勢湾台風に伴う護岸工事をきっかけに、三谷祭の見せ場の一つであった海中渡御が難しくなったことで、三谷祭の参加者減少・衰退が懸念された。しかし昭和43年に市が三谷祭を指定文化財としたことなどをきっかけに、三谷祭を守る動きが起こり、中区では昭和46年に若獅子会が発足した。中区以外の区でも同様の保存会が発足した。
2.6区
三谷祭を開催する氏子単位は6つの区(上区(あげく)、西区(にしく)、 東区(ひがしく)、 北区(きたく)、 中区(なかく)、松区(まつく))に分かれます。三谷祭は6区が合同で開催するお祭りですが、春から夏にかけては、各区が個別に開催するお祭りも開催されます。
3.手筒花火
東三河〜遠州地方にかけて伝わる花火。花火師ではない地元の人間が巨大な筒を抱え、10数メートル以上にも及ぶ火柱を噴射する。
4.開催宣言
博多祇園山笠 (福岡県福岡市)と青森ねぶた祭(青森県青森市)について、インタビュー当時は開催予定と発表されていたが、その後どちらも令和三年度の中止または延期が決定された。
今場 雅規(マツリズム)